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要点

新聞の発行部数は2000年から20年で4割以上減少し、雑誌の休刊も相次ぐなど、オールドメディアの限界は数字で明らかになっています。しかし権力監視や社会課題の可視化といったマスメディアが担ってきた「伝える志」は、これからの時代にも必要であり、旧来のマスメディアを補完する新たな担い手として、個人メディアの可能性を探っていきたいものです。

オールドメディアの限界は、もう明らか

数字は、残酷なまでに現実を物語っています。

新聞の発行部数は、2000年の5,370万部をピークに減少の一途をたどり、2023年には3,000万部を割り込みました。わずか20年ちょっとで、4割以上の読者を失ったことになります。特に深刻なのは若年層の新聞離れです。20代の新聞購読率は10%を切り、30代でも20%程度。「新聞を読むのは高齢者だけ」という状況が、もはや現実になっています。

雑誌業界はさらに厳しい。2000年代には年間数誌だった休刊・廃刊が、2010年代には年間数十誌に増え、2020年代に入ると誰もが知る有名雑誌でさえ次々と姿を消しています。創刊100年を超える老舗雑誌でも例外ではありません。広告収入が激減し、採算が取れなくなったのです。

広告費の推移を見ると、その構造変化がよくわかります。2005年には広告費全体の約40%を新聞・雑誌・ラジオ・テレビの4大マスメディアが占めていました。それが2023年には、インターネット広告費が全体の45%を超え、逆に4大メディアの合計は30%を切りました。お金の流れは、明確にデジタルへ移っています。

この数字の裏には、もっと深刻な問題が隠れています。それは、質の低下です。

広告収入が減れば、人員削減が始まります。経験豊富なベテラン記者や編集者が早期退職し、若手を育てる余裕もなくなる。一人当たりの業務量は増え、じっくり取材する時間は減る。その結果、記事の質が落ちる。質が落ちれば読者はさらに離れ、広告収入はさらに減る…という負のスパイラルに陥っているのです。

そしてもう一つ、オールドメディアが抱える根本的な問題があります。それは、「組織の論理」が優先されることです。

新聞社にいて痛感したのは、「書きたいことが書けない」という現実でした。もちろん、報道機関としての責任や、事実確認の重要性は理解しています。でも、組織には組織の都合があります。さまざまな「大人の事情」が絡んで、本当に伝えたいことが伝えられない場面が、確実にありました。

大組織には、構造的な限界があります。意思決定が遅い、イノベーションが起きにくい、個人の声が埋もれる。そして何より、「組織を守ること」が「真実を伝えること」より優先されてしまう場面がある。それが、オールドメディアの本質的な問題なのです。

でも、「伝える志」は継承されるべき

オールドメディアには限界がある。それは事実です。

でも、だからといって、マスメディアが果たしてきた役割まで否定されるべきではありません。むしろ、その「志」は、これからの時代にこそ必要なのです。

マスメディアが担ってきた社会的役割は、決して小さくありませんでした。

権力の監視。これは、民主主義社会において極めて重要な機能です。政治家の不正を暴く、企業の不祥事を追及する、社会の矛盾を指摘する。大組織の力があったからこそ、個人では立ち向かえない権力と対峙できました。調査報道には、時間も人員もコストもかかります。それを組織として支えてきたのが、マスメディアの強みでした。

社会課題の可視化。マスメディアが取り上げることで、それまで見えなかった問題が社会に認識されます。環境問題、人権問題、地域の課題…。誰も注目していなかったテーマに光を当て、世論を喚起し、解決への道筋をつける。それもまた、マスメディアの重要な役割でした。

情報の信頼性担保。インターネットには無数の情報が溢れていますが、その真偽を見分けるのは容易ではありません。マスメディアには、裏取りの習慣、ファクトチェックの仕組み、法的リスクへの備えがあります。「○○新聞に載っていた」という事実が、その情報の信頼性を保証する役割を果たしてきました。

組織が衰退したからといって、メディアは、消えるべきものではありません。むしろ、これからの時代にこそ必要なのです。

ただ、その志を継承する「場」が、変わっただけなのです。大組織のマスメディアから、個人のメディアへ。その転換期に、私たちは立っています。

「ヒューマンメディア」という可能性

AI時代が到来しています。ChatGPTやClaude、Geminiといった大規模言語モデルが登場し、文章生成は驚くほど簡単になりました。画像生成AIも進化し、動画生成AIも実用化されつつあります。「情報を生成する」という行為は、もはや人間だけの特権ではなくなりました。

この変化は、メディアのあり方を根底から揺るがしています。

AIは、瞬時に大量の情報を処理し、読みやすい文章に整理できます。SEOに最適化された記事を量産することもできます。ニュースの要約、データ分析、多言語翻訳…AIができることは、日々広がっています。

では、人間のメディアは不要になるのでしょうか?

いいえ、むしろ逆です。AI時代だからこそ、「人間が発信する価値」が際立つのです。

私はこれを「ヒューマンメディア」と呼んでいます。AIメディアに対する、人間らしさを持ったメディア。それが、これからの個人メディアの本質だと考えています。

ヒューマンメディアの核心は、「この人だから信頼できる」という関係性にあります。

AIは膨大な情報を処理して、もっともらしい答えを生成できます。でも、AIには「責任」がありません。間違った情報を出しても、AIは責任を取れない。最終的な責任は、それを使った人間にあります。

一方、人間が発信する情報には、発信者の顔が見えます。名前があり、経歴があり、過去の発信内容があります。「この人が言うなら信頼できる」という関係性が、長年の発信を通じて築かれていきます。それは、AIには決して作れないものです。

山田さん(仮名)のような新聞記者なら、30年間地域企業を取材してきた実績があります。その積み重ねが、「山田さんが書く記事なら信頼できる」という評価につながっています。佐藤さん(仮名)のような雑誌編集者なら、丁寧な取材姿勢と職人への深い理解が、読者との信頼関係を作ってきました。田中さん(仮名)のようなクリエイターなら、20年間磨いてきた言葉の力と、広告の裏側を知る専門性が、読者を惹きつけています。

AIには、こういう「積み重ね」がありません。信頼は、一朝一夕には築けないのです。

そして、ヒューマンメディアのもう一つの核心は、「失敗も含めた人間の成長物語」です。

AIは、常に「正解」を出そうとします。でも、人間は失敗します。試行錯誤します。悩みます。その過程が、実は読者の共感を生むのです。

「この人も悩んでいるんだ」「同じ失敗をしているんだ」。そういう親近感が、読者との深い関係性を作ります。完璧なAIの答えより、不完全でも人間が試行錯誤する姿の方が、心に響くことが多いのです。

ヒューマンメディアには「その人にしか書けない体験と視点」があります。これに対して、AIは既存情報の組み合わせしかできません。インターネット上にない情報は、AIには生成できないのです。でも、人間には独自の体験があります。その人だけが経験したこと、その人だけが感じたこと、その人だけの視点。それは、世界に一つしかない、かけがえのない価値です。

山田さんなら、30年間地域を回って出会った経営者たちとのエピソード。佐藤さんなら、職人の工房で何時間も過ごして感じた空気感。田中さんなら、クライアントワークの現場で培った、言葉の背後にある思考プロセス。そういう「一人称の体験」は、AIには決して語れません。

そして、ヒューマンメディアの最大の強みは、「継続的な関係性の中での発信」です。

AIとの対話は、その場限りです。前回の会話を覚えていても、それは「データとして記録している」だけで、「関係性を築いている」わけではありません。

でも、人間の発信者と読者の関係は違います。「先月のあの記事、良かったです」「前に書いていたことの続きが気になっていました」。そういう、時間の流れの中での継続的な関係性が生まれます。読者は「この人の次の話も聞きたい」と思い、定期的に訪れてくれるようになります。それは、一発の「バズる記事」よりも、はるかに価値のある資産なのです。

実は、これはGoogleのE-E-A-T(Experience, Expertise, Authoritativeness, Trustworthiness)という評価基準とも完全に一致しています。Googleは、「誰が書いたか」を重視するようになりました。経験があり、専門性があり、権威性があり、信頼できる人が書いた記事を、高く評価します。つまり、検索エンジンも「ヒューマンメディア」を求めているのです。

AI時代だからこそ、人間が発信する価値は上がります。AIが大量の情報を生成すればするほど、「この情報は信頼できるのか」「誰が書いたのか」という疑問が生まれます。その時、顔の見える人間が、責任を持って発信する情報の価値が、際立つのです。

あなたが30年間培ってきた経験、15年間磨いてきた編集眼、20年間蓄積してきた専門知識。それは、AIには決して真似できない、あなただけの資産です。その資産を活かす場が、個人メディア=ヒューマンメディアなのです。

オールドメディアの限界は明らかです。でも、あなたが持っている「伝える志」と「専門性」は、決して古くなりません。むしろ、AI時代だからこそ、その価値は高まっています。

その志と専門性を、個人メディアという新しい形で発信する。それが、今、求められていることなのです。