要点
マスメディアから個人メディアへの転身を考える人には、大きく3つのタイプがあります。52歳のベテラン記者は技術と収入への不安、38歳の雑誌編集者は子育てとの両立とブランド喪失への不安、45歳の広告クリエイターは自己表現と収益化のバランスへの不安を抱えています。それぞれの不安には明確な解決策があり、年齢も経験も決して障害ではなく、むしろ個人メディアで活きる最大の武器となります。
山田さんタイプ:地道な取材経験を活かしたいベテラン記者
こんな方へ
新聞社や通信社で20年以上のキャリアを積んできた方。50代前半から後半で、早期退職の打診を受けているか、自ら検討を始めている方。専門分野での深い取材経験があり、取材先からの信頼も厚い。けれども、「Webのことは若い人に任せてきた」という方が多いのではないでしょうか。パソコンは使えるけれど、それはあくまで記事を書くため。WordPressと聞いても何のことかわからない。SNSは見る専門で、自分から発信したことはほとんどない。そんなあなたに向けた内容です。
山田隆司さん(52歳)のストーリー
地方紙で30年、経済部記者として地域企業を取材し続けてきた山田さん。県内の老舗和菓子店、町工場、農業法人…。大手メディアが注目しない中小企業にこそ、日本経済を支える知恵があると信じて、丁寧な取材を重ねてきました。
取材先の経営者たちは、山田さんを信頼しています。「山田さんになら話せる」と、経営の苦労も、後継者問題も、本音で語ってくれる。記事になると、「うちのことをこんなに理解してくれて」と感謝の電話がかかってくることもありました。地域の商工会議所でも、「経済のことなら山田さん」と一目置かれる存在です。
しかし、新聞業界の現実は厳しい。この10年で購読者数は3割減り、広告収入も激減しました。紙面は縮小され、せっかく取材した良い話も「スペースがない」とボツになることが増えました。かつては2ページ使えた特集企画も、今では半ページがやっと。「読者に届けたい」と思って取材した内容の半分も、紙面には載せられない現実があります。
部下の若手記者たちも、次々と転職していきます。「新聞に未来はない」「もっとWebメディアで経験を積みたい」。そう言って辞めていく後輩たちを、引き止めることができませんでした。52歳の今、デスクとして5人の部下を抱えていますが、現場取材の時間は激減し、会議と管理業務に追われる日々です。
そんな中、会社から早期退職の打診がありました。55歳で退職すれば、退職金は3割増し。でも、長女は大学3年生で、次女は高校1年生。教育費はあと5年は必要です。専業主婦の妻は「まだ働けるんじゃないの?」と不安そうな顔をしています。
何より、この30年間で築いてきた取材先との関係、蓄積してきた地域経済への知見を「もったいない」と感じています。新聞紙面には載せられなかった良い話が、山ほどある。あの老舗醤油店の三代目が語ってくれた、江戸時代から続く製法の話。地元の農家が試行錯誤を重ねて開発した新品種の裏話。そういう話こそ、後世に残す価値があるのに。
取材先の一人、町工場の社長から「山田さん、個人で情報発信できないの?新聞社を辞めても、山田さんの記事なら読みたいよ」と言われたことがあります。その言葉が、心に引っかかっています。
山田さんの不安
けれども、個人メディアと聞いても、何から始めればいいのかわかりません。
まず、会社の名刺がなくなったら、取材先は今まで通り相手にしてくれるでしょうか。「○○新聞の山田です」と言えば、どこでも取材に応じてもらえました。でも、「フリーランスの山田です」と言って、同じように扱ってもらえるのか。30年間、会社の看板で仕事をしてきた自分に、個人としての価値があるのか、自信がありません。
次に、技術的な問題です。記事を書くことはできます。でも、Webサイトを作るなんて、考えたこともありません。会社では、記事を書いて原稿を渡せば、あとは編集部やシステム部が処理してくれました。WordPressって何?ドメインって何?サーバーって何?そもそも、パソコンで記事を書く以外のことを、ほとんどやったことがないのです。
SNSも、見る専門です。Xは「炎上が怖い」と思って避けてきました。Instagramは妻がやっているのを横で見ているだけ。「52歳の自分が今からSNSなんて」という思いもあります。若い人たちの世界に、場違いな気がしてしまうのです。
そして何より、収入の見通しが立ちません。早期退職の退職金はある。でも、それを使い果たしてしまったら?個人メディアで、家族を養えるだけの収入が得られるのか。広告営業なんてやったことがない。営業そのものが、記者としてのプライドが許さない気もします。
52歳から新しいことを始めて、本当に間に合うのか。もう手遅れなんじゃないか。そんな不安が、夜になると頭をもたげてきます。
→ あなたが山田さんタイプなら
この記事の「第3章:技術的ハードルの下げ方」と「第5章:段階的移行戦略」を特に注目してください。結論から言えば、年齢は全く問題ではありません。むしろ、あなたの30年の経験こそが最大の武器です。技術的なことも、思っているより簡単です。そして、会社の看板より、あなた個人を見てくれている人は、想像以上に多いのです。
佐藤さんタイプ:子育てと両立したい雑誌・出版系編集者
こんな方へ
雑誌社や出版社で10年から20年のキャリアを積んできた方。30代後半から40代前半で、子育て中か、育児と仕事の両立に悩んでいる方。編集・企画・取材のスキルは十分にあるけれど、Web制作の経験はほとんどない。SNSは個人的に使っているので、スマートフォンの操作には抵抗がない。でも「自分でWebサイトを作る」となると、何から始めればいいのかわからない。そんなあなたに向けた内容です。
佐藤美香さん(38歳)のストーリー
老舗出版社で15年、ライフスタイル雑誌の編集をしてきた佐藤さん。インテリア、地方の手仕事、サステナブルな暮らし…。「丁寧に生きる」をテーマに、全国の職人や作家を取材してきました。
特に力を入れてきたのが、地方の職人を取り上げる連載企画です。青森の裂織職人、石川の漆器職人、沖縄の紅型作家…。大量生産品が溢れる時代だからこそ、手仕事の価値を伝えたい。そんな思いで、地方に足を運び、何日もかけて取材を重ねてきました。
職人さんたちは、佐藤さんの取材を喜んでくれました。「こんなに丁寧に取材してもらったのは初めて」「また来てほしい」。そう言ってもらえることが、何よりの励みでした。掲載後には「あの記事を見て、全国から注文が来るようになった」という嬉しい報告も届きます。
でも、雑誌業界の現実は厳しい。広告収入は15年前の半分以下になり、編集部の人員も削減され続けています。かつては10人いた編集部が、今では6人。一人当たりの業務量は増える一方で、深夜残業は当たり前になりました。
5歳の息子を保育園に預けて出社し、夜10時に帰宅する日々。夫はIT企業勤務で理解があり、家事も分担してくれますが、それでも「子どもとの時間が取れない」という罪悪感があります。時短勤務を希望したこともありますが、「時短では副編集長は難しい」と遠回しに言われました。
そして何より辛いのは、会社の方針と自分のやりたいことのズレです。編集会議で上司から言われるのは「もっとバズる企画を」「SNSでシェアされる記事を」。でも、佐藤さんがやりたいのは、時間をかけた丁寧な取材。職人の手元を何時間も見つめ、その人の人生を聞き、暮らしぶりを知る。そういう取材から生まれる記事こそ、読者の心に残ると信じています。
「このまま会社にいても、やりたい仕事ができない。でも、辞めたらどうなるのか」。そんなモヤモヤを抱えていたある日、雑誌休刊の噂を耳にしました。まだ正式決定ではないけれど、広告収入の落ち込みを考えると、時間の問題かもしれない。
一方で、個人的に始めたInstagramには3000人を超えるフォロワーがいます。取材した職人さんたちの仕事風景や作品を紹介すると、「素敵ですね」「どこで買えますか」というコメントがたくさん届きます。DMで「こういう職人さんを探しているんですが」という相談を受けることも増えました。
夫から「美香の記事、個人サイトでやったらどう?」と勧められています。「雑誌が休刊になる前に、自分のメディアを作っておいた方がいいんじゃない」と。頭では理解できます。でも…
佐藤さんの不安
まず、雑誌のブランド力がなくなったら、読んでもらえるのでしょうか。「○○magazine」という有名雑誌の名前があるから、職人さんたちも取材に応じてくれたのでは。読者も、雑誌だから信頼して読んでくれたのでは。個人の佐藤美香が書いた記事を、同じように読んでもらえるか不安です。
次に、技術的な問題です。編集者としてのスキルは自信があります。企画を立て、取材をし、記事を書く。レイアウトの指示も出せるし、写真の選定もできる。でも、それは雑誌の仕事。Webサイトを自分で作るなんて、考えたこともありません。
InstagramやXは使っていますが、それは「投稿する」だけ。ホームページを作るとなると、ドメインを取得して、サーバーを借りて、WordPressをインストールして…と聞いても、何のことかわかりません。デザインも、自分でできるんでしょうか。雑誌ではデザイナーさんにお願いしていました。
そして、収益化の問題です。会社員のうちは、給料が保証されています。でも、個人メディアでどうやって収入を得るのか。広告を取ってくる?でも、広告営業なんてやったことがありません。雑誌の広告は、広告部の仕事でした。
5歳の息子を抱えて、収入が不安定になるのは怖い。夫の収入だけで生活できないわけではないけれど、教育費のことを考えると、自分も働き続けたい。でも、今の会社で深夜残業を続けるのも限界。個人メディアなら自分のペースで働けるかもしれないけれど、本当に子育てと両立できるのか…。
一歩を踏み出したい気持ちと、不安な気持ちが、毎日のように揺れ動いています。
→ あなたが佐藤さんタイプなら
この記事の「第4章:マスコミ人が陥る5つの失敗」の中の「失敗3:完璧主義で始められない」と、「第6章:収益化への現実的道筋」を特に注目してください。SNS経験があるあなたは、思っているより有利なスタート地点にいます。そして、雑誌のブランドより、あなた個人の取材姿勢を評価してくれている人は、想像以上に多いのです。技術的なことも、子育てとの両立も、やり方次第で十分可能です。
田中さんタイプ:自己表現の自由を求めるクリエイター
こんな方へ
広告代理店や制作会社で10年から20年のキャリアを積んできた方。40代前半から50代前半で、コピーライター、ディレクター、編集者として活躍してきた方。クライアントワークで成果を上げてきたけれど、最近「何のために仕事をしているのか」という空虚感を感じている方。デジタルリテラシーは比較的高く、noteやブログを個人的に書いた経験もある。でも「趣味」と「本格的な個人メディア」の間で、どう一歩を踏み出せばいいのかわからない。そんなあなたに向けた内容です。
田中健一さん(45歳)のストーリー
中堅広告代理店で20年、クリエイティブディレクターとして数々のプロジェクトを成功させてきた田中さん。新卒でコピーライターとして入社し、キャリアを積み重ねてきました。担当したキャンペーンは広告賞も受賞し、クライアントからの指名も多い。業界では「実力派CD」として知られる存在です。
言葉で人の心を動かす。それが田中さんの仕事でした。商品の魅力を的確に捉え、ターゲットに響く言葉を紡ぐ。数字で成果を出す。その繰り返しで、プロとしてのスキルを磨いてきました。
けれども、45歳を迎えた今、ふとした瞬間に空虚感が襲ってきます。「何のために広告を作っているのか」。
クライアントが求めるのは、売れる広告です。当たり前のことです。でも、田中さんが本当に伝えたいことは、必ずしもクライアントの意向と一致しません。「この商品、本当にこんなに素晴らしいのか?」と疑問に思いながらも、クライアントの意向に沿った美辞麗句を並べる。それが仕事だと割り切ってきました。
最近では、クライアントの要望も変わってきました。「もっとインパクトのあるコピーを」「SNSでバズる企画を」。瞬間的な注目を集めることばかりが求められ、じっくり考えさせる広告、心に残る言葉は、評価されにくくなっています。
そして、若手のデジタルネイティブたちの台頭です。彼らはSNSのアルゴリズムを熟知し、動画編集もこなし、最新のツールを使いこなします。田中さんが20年かけて磨いてきた「言葉の力」だけでは、勝負できない時代になってきました。「自分のスキルは、もう古いんじゃないか」という焦りがあります。
体も、限界を感じています。深夜までのプレゼン資料作成、週末の打ち合わせ、クライアントの急な変更依頼…。45歳の体には、20代の頃のような無理は利きません。このまま働き続けたら、いつか倒れるんじゃないか。そんな不安があります。
独身の田中さんは、会社が人生の大部分を占めています。休日も、結局は仕事のことを考えている。友人との会話も、業界の話題ばかり。「このままでいいのか」という思いが、日に日に強くなっています。
そんな中、趣味で始めたnoteが意外と読まれています。広告の裏側、クリエイティブの思考法、言葉へのこだわり…。仕事では書けない本音を、自分の言葉で綴っています。月間1万PVという数字は、広告業界で扱う数字に比べれば小さい。でも、読者からのコメントには、クライアントワークでは得られない充実感があります。
「自分の言葉で、自分が信じるものを伝えたい」。その思いが、日に日に強くなっています。
田中さんの不安
けれども、個人メディアへの一歩を踏み出せずにいます。
まず、広告の文章と、個人メディアの文章は根本的に違うのではないか、という不安があります。広告は「売るため」の文章です。ターゲットを分析し、ベネフィットを明確にし、行動を促す。20年間、それを叩き込まれてきました。
でも、個人メディアは「売る」ことが目的ではないはずです。読者との信頼関係を築く。役に立つ情報を提供する。共感を生む。そういう「伝えるための文章」を、自分は書けるのだろうか。クライアントワークの癖が抜けず、営業臭い文章になってしまうのではないか。
次に、収入の問題です。今の年収は900万円。広告代理店としては特別高いわけではありませんが、一人暮らしには十分です。でも、個人メディアで同じ収入を得られるとは思えません。クライアントワークなら、1つのプロジェクトで数十万円から数百万円の報酬があります。個人メディアでは、どうやって収益を上げるのか。
広告収入?でも、個人サイトに広告を載せても、大した収益にはならないでしょう。有料note?月額課金?そういう仕組みは理解していますが、自分のコンテンツにお金を払ってくれる人が、本当にいるのか。
独身だからこそ、収入減は怖い。結婚の予定もなく、老後の資金も自分で貯めなければいけません。今の会社を辞めて、収入が半分以下になったら…そう考えると、踏み出せません。
そして、年齢の問題です。45歳。今から個人メディアで成功できるのか。SNSを見ると、20代、30代の若い発信者が目立ちます。彼らは最初から個人メディアで育ってきた世代。45歳の自分が今から参入して、勝算はあるのか。
会社の副業規定も気になります。就業規則では副業は原則禁止。noteを書くのは趣味の範囲だからいいとして、本格的に収益化を目指したら、会社にバレないか。バレたら、どうなるのか。
noteを書き続けるだけでいいのか、それともちゃんとしたWebサイトを作るべきなのか。YouTubeもやった方がいいのか、Podcastは?SNSはXだけでいいのか、InstagramやTikTokも必要なのか。選択肢が多すぎて、どこから手をつければいいのかわからない。
そんな迷いの中で、日々が過ぎていきます。
→ あなたが田中さんタイプなら
この記事の「第4章:失敗2:売るための文章を書いてしまう」と「第7章:個人ブランディングの方法」を特に注目してください。あなたのクリエイティブスキルは、個人メディアで大きな武器になります。広告の文章と個人メディアの文章は違いますが、その違いを理解すれば、むしろ20年間磨いてきたスキルが活きます。収益化の方法も、広告収入だけではありません。そして、45歳は決して遅くない。むしろ、20年の経験があるからこその深みが、読者を惹きつけるのです。
どのタイプにも当てはまらない?
もちろん、この3つは代表的な例です。テレビ局のディレクター、ラジオ局のアナウンサー、Web媒体の編集者、フリーランスのライター…マスコミ業界には、さまざまな職種があります。立場も、年齢も、置かれた状況も、一人ひとり違うでしょう。
でも、共通しているのは「組織メディアから個人メディアへ」という転換期に立っているということ。そして、「自分の経験を活かしたい」「伝える仕事を続けたい」という思いではないでしょうか。
この記事は、どんな立場の方にも役立つように構成しています。あなたの状況に近い部分を見つけて、そこから読み進めてください。そして、「自分だけじゃないんだ」と感じてもらえたら嬉しいです。
それでは、具体的な話に入っていきましょう。

